慈雨(じう)
めぐみの雨。ほどよい時にほどよく降って、草木や作物をうるおしそだてる雨。
愛雨とセットでお楽しみ頂ければいいなぁ~と。
雨にたたられ、撮影は朝まで掛かってしまった・・・
季節に似合わぬ冷たい雨だった。
いつから降り始めたのか思い出させないくらい長く降っていたようだ。
疲れていた。
撮影が順調でなかったわけではないが・・・
監督との擦り合わせでは、全てを使い果たすほど。
納得しなければ進めないこの性格が災いかな?
否・・・
違うな。
迎合すれば、俺じゃなくなる・・・
重たい足取りで家の前に降り立つ。
マネージャーに久しぶりのオフだから、放って置いてくれと言い渡し、別れた。
振り返ると・・・
誰?
下を向いて、まるで一心に雨粒を数えている様な・・・
近づくと、驚いたように俺を見上げた瞳。
声を掛けた瞬間、
花束を胸元へ突き付けられた。
言葉はなかった。
受け取ろうと手を差出し、触れた指先は氷のように冷たかった。
その瞬間・・・
まるでスローモーションのように、俺の腕の中に頽れた。
意識はなかった。
考える間などなかった、この腕に抱き上げ、
エレベータのボタンを押していた。
寝室にとも思ったのだが・・・
よく見ると、まだ、幼さの残る面立ちに、踵を返すとソファーにそっと降ろし、
毛布を掛け、暖房を付けた。
顔色は青白かったが、呼吸は静かで、ただの貧血かと思われたので、
暫く休ませればいいと考えた。
だが、何故か、側を離れる事が出来ずにいた。
唐突に目覚めた彼女にそっと声を掛ける。
こんな時、俺の拙い日本語も案外役に立つものだなと思いながら・・・
緊張した面持ちでただ、コクンと首を傾げるだけの彼女に、
声を聞かせてと・・・
掠れてはいたが、優しい響きだった。
いきなり起き上がろうとする彼女を押し留め、温かいゆず茶を作って差し出すと、
その指先までがフルフルと震えているのが見て取れた。
緊張しているのかな?
まぁ、当たり前か。
そうだよな、見知らぬ男の家で目覚めたら・・・
誰だって。
ゆず茶を飲み干すのを待ってから、
彼女を質問攻めにしてしまった。
名前は、優しいの意でユウ。
何と、18歳。
俺に会うためにずっと待ち続けていたと言う。
逢えるまで待つつもりだったと・・・
そのはにかみながら静かに話す彼女を見ていたら・・・
胸が苦しくなった。
?
少し、鼓動が速くなる。
何だってんだ、幾つになったんだよ、っく!
自嘲したくなった。
でも・・・
鼓動は早さを増して行った。
考えるより、抱きしめていた。
驚かせたとしても・・・
運命だと・・・
恋に落ちたと・・・
疲れきっていた身体に溶け込んでくるような暖かさに、
徹夜明けの身体は、嘘をつかないようだ。
彼女を抱きしめたはずなのに、
優しく包まれていたのは、俺の方。
抱きしめられていたのは、俺。
ユウ・・・
俺が目覚めたら・・・
始めよう・・・
運命に導かれて・・・
The end.
☆大好きな雨の匂いが感じて頂けたなら、幸いなのですが・・・
こんな風にすべてを優しく包んで癒してくれる雨が降ればいいのに・・・
そんな事を考えながら、書いていました。